「私の心情を歌っているような。背中を押されるような。そんな曲になっています。」

 

これはこの曲を歌っているずーみんこと、今泉佑唯さんのブログのコメントです!

 

「再生する細胞」は5枚目シングル風に吹かれてものカップリング曲です。

冒頭の今泉さんの言葉を聞いてから、この「再生する細胞」の歌詞をじっと見ながら改めて曲を聞きました。

 

そしたらめっちゃ泣けてきました( ;∀;)

 

それでは私なりの曲の意味や解釈を書いていきます!

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欅坂46(今泉佑唯)「再生する細胞」歌詞の意味は?

まず細胞という言葉を改めてネットで調べてみると以下のような解説が記載されていました。

  1. 生物体を組織する単位。原形質という半流動体の物質から成り、中に細胞核がある。
  2. 組織の単位となっている小さな組織または個人。

 

気になったのは、2の組織の単位となっている小さな組織または個人というところです。

欅坂46のメンバー1人1人、また今泉佑唯さん自身のことなのでしょうか?

それでは探っていきます!

 

ふと目を離した時
壊れてしまったもの
掌(てのひら)の上に破片(かけら)を集めて
ただ呆然としてた

幾粒の涙を流せばいい?
自分のあの頃に…

突然ですけど、掌(てのひら)ってとても優しい言葉ですよね!

体の部位の一部って流してしまうこともできますけど、優しさを表現できる数少ない体の部位だなって私は思います。

 

掌という言葉だけで、

  • 優しく包み込むこと
  • 大切な恋人の手
  • お母さんの手
  • 子供を抱きしめる手

いろんな姿を想像してしまいます。

 

そんな人の体の優しさ代表である掌(てのひら)の上にある「破片」そして「呆然」

この曲に出てくる主人公が、どれだけの大切なものを失ってしまったのかということがこの短い歌詞の中で表現されています。

もう一度会いたい
もう一度愛したい
今ならもう素直に言える
人は誰も傷つきながら
強くなって行く
愛の細胞が
再生する

最初のサビの

もう一度会いたい
もう一度愛したい

この言葉は、なんとかしてやり直したい、もう一度取り戻したいという後悔の念からの願いであることがわかります。

でも戻ってくることはないんです…

自分の過ちだと
何度も責め続けた
後悔の淵で悲しみに暮れて
ただ光を探した

忘却の彼方にすべて消えて
痛みがなくなれば…

失ったものが本当に取り戻すことができないものだと知ってしまい悲しみに明け暮れてしまいます。

そして自分の過ちだと自分の心を責め続けてしまいます。

いっそ忘れてしいたい…

何もなかったことにしてしまいたい…

もう二度と会えない
もう二度と愛せない
あんなにあきらめていたのに…
何が一番大切なのか
やがて知らされた
死んだ細胞は
生まれ変わる

2番目のサビの

もう二度と会えない
もう二度と愛せない

では、もう戻ることはできない、叶うことなんてないんだと諦めてしまいます。
すべて捨てて、辛い思いをすることなく生きていこう。それでいい、求めるから傷つくんだ。

 

そして全部を投げ出してしまう…はずだった、それなのに、

あんなにあきらめていたのに…
何が一番大切なのか
やがて知らされた

辛いはずなのに、痛い思いしたくないはずなのに、もう戻れないはずなのに、それでも自分の心の奥底で望んでいる想いにここで気づきます。

 

死んでいた細胞が生まれ変わっていきます。

そう壊れた関係は
誰かのせいではなくて
心を整理できなかっただけ
生きるってことは悔いること
新しい私の細胞に気づいて

そう壊れていた“関係”はというのは、自分にとって本当に大切な“つながり”ということだと思います。

 

誰かのせいではなくて、心を整理できなかっただけ

自分が不安定な心でいるときって、優しい言葉ですら嫌味に聞こえてきたりしますよね。優しさが逆につらいときってありますよね。

 

たしかにそんなときもあった。でも私は生まれ変わった、後悔はあるけどでもそれも生きていく。
そんな前向きさが伝わってきます。

もう一度会いたい
もう一度愛したい
今ならもう素直に言える
人は誰も傷つきながら
強くなって行く
愛の細胞が
再生する

そして最後のサビです。

一番最初のサビのもう一度会いたいは、失ったものを取り戻したいという意味でした。

最後のサビは一度は失ってまったく同じものは手に入らないかもしれない、だけど私は前を向いてもう一度新しい自分に会いたいという前向きの会いたいという意味だと思います。

 

まとめ

欅坂46の今泉佑唯さんの「再生する細胞」歌詞の意味についてまとめていきました。

最初に何も考えずに聞いたとき、

会いたい、愛したい、という言葉からこれは大事な人を失ってしまった曲なんだと思いました。

 

でも歌詞の意味をひも解いていくと、ここで出てくるもう一度会いたいという人は他人ではなく、自分が大好きな自分自身ということがわかります。

歌詞の中では失ったものや、会いたいものについて明言はしていません。それは聞いた人が感じたもの、思い出したものを当てはめていけばいいと思います。

 

ただ今回の最初の今泉佑唯さんの言葉

「私の心情を歌っているような。背中を押されるような。そんな曲になっています。」

を当てはめてみると、

壊れてしまったもの→欅坂が結成してから、輝いていた自分
壊れた関係→メンバーやファンとのつながり

といったように置き換えることができます。

 

活動休止の根本的な理由はわかってはいませんが、今泉佑唯もつらい時期を過ごしていたことが想像できます。

もしかしたらもう投げ出したいと思ったこともあったんだと思います。

 

でも「何が一番大切なのか気づいた」とあるように自分が望んでいたものに気づいたのではないでしょうか。

 

辛いことを乗り越えたずーみんはきっとこれからもっともっと輝いていくと思います。

これからの活躍がとっても楽しみでですね!